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海外反応・海外ニュースまとめ

海外の反応を交えて話題の背景を独自の視点で分析・説明

音楽2026-06-03

【音楽】海外「日本人は“本場”より上手く異国の音楽を作る」スペイン風もヨーデルも→オチは「これぞ音楽だ」

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【音楽】海外「日本人は“本場”より上手く異国の音楽を作る」スペイン風もヨーデルも→オチは「これぞ音楽だ」

「なぜ日本人は“本場”より上手いのか」——ある問いから始まった

きっかけは、あるドイツ人ユーザーの素朴な問いだった。「日本のミュージシャンは、どうしてその国の本場の人間よりも“その国らしい音楽”を上手く作れるんだ?」。日本人が手がけたスペイン風の楽曲は本物よりスペインらしく響き、ある日本人はドイツ語を学んで本場のヨーデルを歌いこなし、ベートーヴェンの『歓喜の歌』にいたっては1万人規模で“毎年”披露される——彼はそんな例を次々と挙げてみせた。

この投稿に、各国の音楽好きが食いついた。「日本人は本気でヨーロッパ文化を愛し、敬っている」と感心する声、「なんだか少し不気味だ」という戸惑い、そして自国の“異国風音楽”を持ち寄る対抗心。一つの問いは、いつしか「音楽における模倣と愛情」をめぐる、国境を越えた品評会へと変わっていった。

以下、海外の反応からその背景と現状を独自の視点で分析していく。

海外の反応 (15件)

1:Anonymous2026/03/23(月) 16:32:49ドイツドイツ

なんで日本のミュージシャンって、その国の本場の連中よりも“その国らしい音楽”を上手く作れるんだ? 日本人が作ったスペイン音楽は、本物のスペイン音楽よりスペインっぽく聞こえる。しかもある日本人はドイツ語まで習得して、バイエルンやオーストリア、スイスのどの歌い手より見事なヨーデルを作ってみせた。 さらにベートーヴェンの『歓喜の歌』を、1万人規模で“毎年”やってのける。ドイツ人にもそんなことはできない。 なんで彼らはこんなに多才なんだ?

2:Anonymous2026/03/23(月) 16:35:44イギリスイギリス

日本人は本気でヨーロッパの文化を尊敬し、称賛してるんだよ。今どきのヨーロッパ人とは違ってね

3:Anonymous2026/03/23(月) 16:36:41アメリカアメリカ

>>2 それ、なんかちょっと不気味じゃないか

4:Anonymous2026/03/23(月) 16:47:02イギリスイギリス

>>3 どのへんが不気味なんだ?

5:Anonymous2026/03/23(月) 16:52:28スウェーデンスウェーデン

>>3 いや、見てるとかなり的を射てると思うけどな

6:Anonymous2026/03/23(月) 16:37:40ドイツドイツ

>>3 本物のスウェーデンがもうスウェーデンらしくなくなったから、日本に“スウェーデン”を建て直すしかなかったのさ

7:Anonymous2026/03/23(月) 16:40:39スウェーデンスウェーデン

スウェーデンにだってスペイン音楽はあるぞ(と一曲貼る)

8:Anonymous2026/03/23(月) 16:41:58ドイツドイツ

>>7 ナイスだ。スペインが『デスパシート』みたいな路線に逃げて空いた穴を、スウェーデンのミュージシャンが埋めてるってわけだ

9:Anonymous2026/03/23(月) 16:46:27スウェーデンスウェーデン

>>8 ブーマー世代がもう一度仕切って、レゲトンばかり聴いてる若者どもに音楽ってものを叩き込み直すべきだな

10:Anonymous2026/03/23(月) 17:21:12クロアチアクロアチア

クロアチアにはドイツのシュラーガー(歌謡曲)があるぞ。戦後のドイツでかなり人気だったらしい歌手のやつだ

11:Anonymous2026/03/23(月) 17:43:58スウェーデンスウェーデン

>>1 あのヨーデルの曲、フランツル・ラングも歌ってるから、たぶん元は民謡だぞ(俺はフランツル・ラングのファンなんだ)

12:Anonymous2026/03/23(月) 17:47:53ドイツドイツ

>>11 わかってるじゃないか(と本場のヨーデルを貼る)

13:Anonymous2026/03/23(月) 17:33:31イギリスイギリス

「日本人は本気で欧州文化を愛してる」って話、正直そこまでとは思わない。むしろ西洋のクラシック界隈は、有名曲のキッチュな抜粋を聴いて“上品”ぶる層か、現代音楽を楽しんでるふりして“知的”ぶる音大卒のどっちかになりがちだ。どっちもどうかと思うよ

14:Anonymous2026/03/23(月) 16:48:02イギリスイギリス

そもそもゲームやアニメのサントラを見下す奴がいるけど、ここはそういう文化を楽しむ場所だろ。気に入らないなら出ていけばいい

15:Anonymous2026/03/23(月) 17:52:18スウェーデンスウェーデン

——これぞ、音楽だ。(Das ist Musik)

管理人の分析・見解

なぜ日本人は「他国の音楽」をここまで自在に作れるのか

スレ主が挙げた「日本人はスペイン風もヨーデルも本場以上にこなす」という指摘は、決して大げさではない。日本の音楽史そのものが、外来の音楽を貪欲に取り込み、研ぎ澄ましてきた歴史だからだ。明治期に西洋音楽を国家として導入して以降、日本はクラシック、ジャズ、ボサノヴァ、そして近年世界的に再発見された「シティポップ」まで、あらゆるジャンルを“自分のもの”として消化してきた。

象徴的なのが、スレでも話題になった日本人ヨーデル歌手・石井健雄(Takeo Ischi)だ。彼はドイツに渡ってヨーデルを本格的に習得し、本場ドイツで人気を博した。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」や山下達郎に代表される70〜80年代のシティポップが、YouTubeをきっかけに世界中の若者に“発見”され熱狂的に支持されたのも、日本のポップスが持つ普遍的な完成度の高さを物語っている。「本場より本場らしい」と言われる背景には、細部まで徹底的に研究し再現する職人気質と、外の文化への素直な敬意がある。

年末の風物詩「第九」— 1万人が歌う『歓喜の歌』

スレ主が「ドイツ人でもできない」と挙げたのが、ベートーヴェンの交響曲第9番『歓喜の歌』を1万人規模で毎年演奏する、という話だ。これは誇張ではなく、日本に実在する文化である。

表1. 話題になった“演奏が難しい”楽曲

項目内容
通称「第九(だいく)」
時期毎年12月(年末の恒例行事)
代表例大阪城ホールの「1万人の第九」(1983年開始)
特徴一般公募の合唱団がドイツ語で『歓喜の歌』を歌う

日本では年末にベートーヴェンの第九を演奏・合唱する習慣が広く根づいており、プロの楽団から市民合唱団まで、全国各地で年末に第九が鳴り響く。本場ヨーロッパでは特別な機会に演奏される曲が、日本では“季節の風物詩”として毎年1万人規模で歌われる——この熱量こそが、海外ユーザーの目に「本場を超えた愛情」と映ったのだろう。

ゲーム・アニメ音楽が、世界で“クラシック”として鳴る時代

スレでは「ゲームやアニメのサントラなんて」と見下す声に、「ここはそういう文化のサイトだろ」と反論が飛んだ。だが今や、日本のゲーム・アニメ音楽は世界の檜舞台で“現代のクラシック”として演奏される存在になっている。

表2. 世界で評価される日本の作曲家

作曲家代表作世界での評価
近藤浩治スーパーマリオ/ゼルダゲーム音楽の古典として世界的に有名
植松伸夫ファイナルファンタジー海外でも交響楽団による演奏会が定着
久石譲ジブリ作品世界各地でコンサートが開催される

ロンドンやロサンゼルスのオーケストラがゲーム音楽の演奏会を開き、チケットが完売する時代だ。かつて「子供向け」と侮られた分野は、今や国境とジャンルを越えて愛される“日本発のクラシック”へと昇格した。スレの議論で交わされた「西洋のクラシック界隈は権威付けの道具になりがちだ」という皮肉と対照的に、日本のゲーム音楽は純粋に「楽しい・美しい」という理由で世界に受け入れられている。

実際に話題になった“日本製・異国の音楽”

議論の中で実例として挙げられた曲を紹介しよう。まず象徴的なのが、日本人ヨーデル歌手・石井健雄(Takeo Ischi)だ。スイスや南ドイツの伝統歌唱であるヨーデルを、本場の歌手も舌を巻く超絶技巧で歌い上げる。スレで「——これぞ、音楽だ」という一言を引き出したのも、こうした“本場顔負け”の歌声だった。

そしてもう一つが、毎年12月に大阪で行われる「サントリー1万人の第九」。文字通り1万人の日本人が、ドイツ語でベートーヴェンの「歓喜の歌」を高らかに合唱する。「日本人は“本場”より上手く異国の音楽を作る」と言われた、その象徴とも言える壮大な光景である。

ほかにも、アニメ「BLEACH」で日本人作曲家・鷺巣詩郎が手がけた本格的なスペイン・フラメンコ風の劇伴など、ジャンルを問わず“本場さながら”の楽曲が次々と挙げられていった。

結論:模倣ではなく「愛情ある再現」

このスレで各国のユーザーが面白がっていたのは、単なる「日本スゴい」ではなかった。スウェーデン人は自国のスペイン風ポップスを、クロアチア人はドイツ歌謡(シュラーガー)を持ち寄り、誰もが「自分たちも異国の音楽を愛し、再現している」と語り出した。音楽は、国境を越えて互いの文化を映し合う鏡なのだ。

その中で日本が際立って見えるのは、対象への敬意と、細部を妥協なく作り込む執念ゆえだろう。本場のヨーデルが貼られた瞬間にスウェーデン人がこぼした「——これぞ、音楽だ」という一言は、出自や本場・非本場の議論を吹き飛ばす。結局、良い音楽の前では国籍など些細なこと。日本人の“多才さ”の正体は、ジャンルや国境にこだわらず、ただ良いものを良いと愛せる素直さにあるのかもしれない。

翻訳元

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