【海外の反応】ロンドン名物の「霧」の正体は毒スモッグ→1952年、4日間で4000人死亡
ヴィクトリア朝小説おなじみの「ロンドンの霧」、正体は毒スモッグだった

*(画像: N T Stobbs / Geograph Britain and Ireland, CC BY-SA 2.0)*
英国の小説によく登場する「ロンドンの霧」は、実は自然の気象現象ではなかったという投稿が海外掲示板で話題になっている。シャーロック・ホームズなどの怪奇趣味を演出してきたあの霧の正体は、質の悪い瀝青炭を家庭で燃やしたことで発生した有毒な産業スモッグだった。1952年12月に発生した「グレート・スモッグ」はあまりに濃く、映画館では最前列から4列目までスクリーンが見えないという理由で上映を中止したところもあった。公式記録では4000人、後年の推計では1万2000人以上が死亡したとされる大惨事だが、当時は珍しい出来事ではなく日常の一部として受け止められていた。以下、海外掲示板の主要な反応を訳して紹介する。
最近知ったんだが、ヴィクトリア朝の小説によく出てくる「ロンドンの霧」って、自然の気象現象じゃなかったんだな。正体は、質の悪い瀝青炭を燃やして出た有毒な産業スモッグだったらしい。1952年12月の「グレート・スモッグ」はあまりに酷くて、映画館が最前列から4列目までスクリーンが見えないという理由で閉館したこともあったんだと
政府が「安いだけの粗悪炭(ナッティ・スラック)」を家庭に推奨していたのも良くなかった。あの冬は記録的な厳寒で、しかも配給切符もいらなかったから、みんな喜んで買っていたんだよ
>>2 「ナッティ・スラック」とか今週聞いた中で一番イギリスっぽい単語だな
>>3 ゴミみたいな石炭だったんだよ。硫黄分が多くて、しかも暖を取るには大量に燃やす必要があった。最悪の組み合わせだ。でもまあ、いかにもイギリスらしいけどな
公式には4000人が死んでるんだぞ。9.11より多い。狂ってるだろ
>>5 後年になって中皮腫による死者まで9.11の分に含めるなら話は変わってくるけど、あのスモッグの場合はそっちのほうがむしろ近い、というか上回るくらいかもな
>>5 呼吸器障害で10万人以上が体調を崩してる。子供や高齢者がものすごい数亡くなってるんだ
>>7 うちの叔父は1948年ロンドン生まれで、生涯ずっと肺の調子が悪かったよ。15歳から55歳まで喫煙してたのも良くなかったんだろうけど、母親はいつも「生まれつき体が弱い子だった」って言ってた。当時のロンドンがどれだけ酷かったか考えると、全然驚くことじゃない
亡くなった中にはタイタニック号の二等航海士だったチャールズ・ライトラーもいる。ダンケルクの浜辺から避難民をヨットで救出した人物でもある。まあ82歳で持病もあったから弱っていたのは確かだけど、こういう悲劇の中に一人でも名前と経歴が分かる人がいると、実感が湧きやすくなるんだよな
>>9 あの人は本当にすごいんだ。タイタニックの生き残った士官の中で最も上級だった。ある時、救命ボートに乗って女性や子供を降ろす手伝いをしていて、その周りにもう乗せる人がいなくなった。船長が通りかかって「ボートに残って助かれ」と勧めたら、彼は「とんでもない」と叫んで沈みかけの船に飛び戻ったんだ。船が沈んだ後は転覆した救命ボートに何とかよじ登って、そこで一晩過ごして翌日救助された
>>10 ライトラーは正直そこまで格好いい人物でもないと思う。「女性と子供優先」のルールにやたら厳格で、そのせいで救えたはずの命が失われてる。その点、同じ士官のマードックのほうがまだ現実的だった。しかも後に第一次大戦では、実質的に戦争犯罪を認めるようなことまで言ってる
>>11 実際に人を救おうとしていた人たちを後から評論家気取りで裁くつもりはないよ。全力を尽くした結果、不必要に死者が出たのか? もちろんそうだ。でも一番の失敗は、全員分の救命ボートが無かったことと、「最速の船」「不沈艦」みたいな見栄のために張り合っていた船長や会社側の傲慢さのほうだと思う。戦争犯罪の話は……まあそれはそれとして
>>12 乗客の半分程度しか救命ボートが無い船で「女性と子供優先」なんて、実質「女性と子供しか助からない」のと同じだからな
中国のある都市に行ったことがあるんだけど、山に囲まれてるって1か月間気づかなかった。ある日探検してみようと思ったら、山の麓に近づいてもスモッグが濃すぎて全く見えなかったんだ
>>14 今も大都市では形を変えて続いてるよ。ロンドンには排ガス規制区域(ULEZ)があって、基準を満たさない車は課金される。導入後、二酸化窒素濃度は38%下がったらしい
>>14 信号も歩行者も見えなくて人が死んだんだよな。それで石炭を燃やすのをやめたら解決した。昔はそうやって解決できてたんだ。ピッツバーグも昔は同じで、空すら見えない日があった
>>15 ピッツバーグは2000年代前半に行ったときも、まだ建物にこびりついた石炭の煤を高圧洗浄で落としてる最中だったよ
カナダだとほとんどのカフェで「ロンドン・フォグ」が注文できる。アールグレイ紅茶に泡立てたミルクを合わせたラテのことだ。名前はロンドンから取られてるけど、発祥は同じく霧の多い土地であるブリティッシュコロンビア州なんだよな
>>18 発祥はバンクーバーで、そこからカナダ中に広まって、さらにアメリカにも渡ったんだ
>>19 その名前も飲み物もアメリカに入り込んでるよ。まあ俺が国境のすぐ近くに住んでるだけかもしれないけど
「ナッティ・スラック」と一緒に食べたくなるのは「スポテッド・ディック」だな
>>21 「スポテッド・ディック」ネタを楽しみにここまで来たんだが、期待通りだったよ。1998年にウェールズのパブで初めて食べて、その15年後にアメリカで缶詰のやつを試したら、全然別物だった
>>21 もう一つ挙げるなら「ニッカーボッカー・グローリー」も定番のアイスクリームだ
>>22 今はそこまで人気じゃないけど、20年くらい前は年に何回か食べてたな。クリームとアイスと木の実とチェリーとシロップを重ねたパフェみたいなやつだ。発祥はアメリカらしいけど、イギリスのほうで人気になったらしい。ちゃんとした「ニッカーボッカー・グローリー」は背の高いグラスに入れて、普通のティースプーンの2〜3倍は長い専用スプーンで食べるものなんだ
>>22 それ、ハリー・ポッターの一作目に出てきたやつだよな。子供の頃読んだときは、それが何なのか全く分からなかった
これに関連して面白い話がある。産業革命の前、イギリス、特にロンドンにはほぼ白っぽい色をした蛾がたくさんいたんだ。ところが大気汚染が始まると、その蛾は5〜10年という短期間で黒っぽい色に変わっていった。そして1952年に大気がきれいになるまで黒いままで、それ以降また白い個体が戻ってきた。だから「進化なんて起きてない」って言う人に会ったら、この話を思い出すといい。この分野を理解する助けにもなるはずだ
「グレート・スモッグはあんまり酷くて、映画館まで閉めなきゃならなかったのよ、大変な時代だったわ」「そこまで酷い話には聞こえないけど、おばあちゃん?」「まあ、1万2000人も同じように亡くなったけどね。でも、あんまり辛気臭い話にしたくないじゃない」
翻訳元■